私は、駅伝を見るのが大好きです。
特に箱根駅伝。
毎年、選手たちが懸命に走る姿に、心を奪われます。
テレビの前で「頑張れ!」と応援したり、「負けるな! 食らいつけー!」と心の中で叫んだり。
ときには、涙が止まらなくなることもあります。
実は私、長距離を走るのは大の苦手です笑
だからこそ、不思議に思うことがあります。
あんなに苦しい思いをして、なぜ人は走るのだろう。
42.195kmという長い距離を、何を考えながら走っているのだろう。
自分では走りたいと思わないのに、見るのは大好き。
今日は、そんな私が駅伝やマラソンに惹かれる理由と、そこから感じる人生についてお話ししたいと思います。
駅伝とマラソンの違い
駅伝もマラソンも、長い距離を走る競技です。
けれど、その魅力には少し違いがあります。
マラソンは、基本的に一人の選手が42.195kmを走り切る競技です。
一方、駅伝は複数の選手が区間を分担し、襷をつないでゴールを目指します。
箱根駅伝の正式名称は「東京箱根間往復大学駅伝競走」。
東京・大手町と箱根・芦ノ湖の間を、往路5区間、復路5区間の合計10区間でつなぐ大学駅伝です。
一人ひとりの走りが、チーム全体の結果につながります。
速い選手が一人いるだけでは勝てない。
それぞれが自分の役割を果たし、仲間に襷を託していく。
私は、この駅伝ならではの仕組みに、とても魅力を感じています。
私が応援するのは、大学ではなく選手たち
箱根駅伝には、毎年注目される大学があります。
伝統校や強豪校、初出場の大学。
それぞれに歴史があり、目標があります。
でも、私は特定の大学だけを応援しているわけではありません。
その場所で、一生懸命に走っている選手たちを応援しています。
先頭を走る選手にも、必死に追いかける選手にも、頑張ってほしい。
誰かが勝負を仕掛けると、思わず身を乗り出してしまいます。
「行けー!」
でも、仕掛けられた選手を見ると、
「負けるな! 食らいつけー!」
と、今度はそちらを応援している笑
どちらにも勝ってほしい。
もちろん、勝負だから勝者と敗者は生まれます。
それでも、どちらか一方だけを応援することができないのです。
それぞれの選手が、その瞬間に持っている力を出し切ろうとしている。
私は、その姿を見るのが好きなのだと思います。
なぜ、苦しそうに走る姿に心を奪われるのか
私には、少し変わったところがあります。
自分が努力している姿を、あまり人に見せたくないのです。
できれば、何でもない顔をして、さらっとできてしまう人に見られたい笑
でも、実際には違います。
心の中では、
「負けたくない!」
「ここが踏ん張りどころ!」
「まだ頑張れる!」
そんなふうに、何度も自分を鼓舞しています。
苦しいときもあるし、逃げ出したくなるときだってあります。
それでも、できるだけ表には出さず、涼しい顔をしていたい。
ところが、マラソンや駅伝では、選手たちの苦しさが表情に現れます。
息を切らし、顔をゆがめ、それでも前へ進もうとする。
普段なら人に見せたくないような必死な姿が、そこにはあります。
私は、その姿を見ると応援したくなるのです。
「頑張れ!」
「あと少し!」
「負けるな!」
きっと、私自身も心の中で同じように自分を励ましているからなのでしょう。
必死な姿は、決して格好悪くない。
むしろ、何かに全力で向き合う人の姿は、とても美しいと感じます。
リレーが好きだった理由
実は私、長距離走は苦手ですが、リレーは大好きでした。
見るのも、走るのも好きだったのです。
特に印象に残っているのは、バトンを持って走ってくるクラスメイトの顔。
必死な表情で、こちらに向かって走ってくる。
その姿を見るのが好きでした。
きっと、走っている本人は余裕なんてなかったと思います。
少しでも速く。
少しでも前へ。
そして、次の人にバトンを渡す。
その一心で走っていたのでしょう。
バトンを受け取る側も、自然と気持ちが高まります。
ここまで頑張って走ってきたのだから、私も頑張ろう。
そんな気持ちになるのです。
駅伝の襷も、同じなのかもしれません。
ただ布を受け渡しているわけではなく、
そこまで走ってきた仲間の努力や想いを、一緒に受け取っている。
だからこそ、襷をつなぐ瞬間には、特別な感動があるのだと思います。
箱根駅伝の繰り上げスタートに涙する理由
箱根駅伝を見ていて、私が特に胸を締めつけられるのが、繰り上げスタートです。
箱根駅伝では、大会の進行や交通規制の関係から、中継所ごとに定められた時間内に前の選手が到着しない場合、次の選手が繰り上げスタートをする仕組みがあります。
その場合、チームがつないできた襷を直接受け取れず、大会本部が用意した襷で走り出すことになります。
目の前に、仲間がいる。
必死に走ってきている。
あと少しなのに、襷をつなぐことができない。
時間が来れば、次の選手はスタートしなければなりません。
その姿を見ると、私は涙が出ます。
そして、もうひとつ。
襷を渡せなくなっても、最後まで走り続ける選手。
その姿にも、涙が出るのです。
どれだけ悔しいだろう。
どれだけ無念だろう。
そんなことを考えてしまいます。
もちろん、選手本人の本当の気持ちは、本人にしかわかりません。
それでも、あの場所に立つまでに積み重ねてきた努力を思うと、胸がいっぱいになります。
勝負の世界は厳しい。
努力したからといって、必ず望んだ結果が得られるわけではありません。
でも、だからこそ私は、最後まで走る選手の姿から目を離せないのです。
努力しても、報われないことはある
人生でも、同じことがあると思います。
一生懸命に頑張った。
できる限りの努力をした。
それでも、望んだ結果が得られないことがあります。
どれだけ頑張っても、届かないものがある。
努力が必ず報われるとは限らない。
それは、決して綺麗事では片づけられない現実です。
でも私は、こうも思っています。
結果が出なかったからといって、それまでの努力が無駄になるわけではない。
悔しさを知ること。
自分の限界と向き合うこと。
思い通りにならない現実を受け止めること。
そこから、もう一度立ち上がろうとすること。
そうした経験は、その人の人生に何かを残すのではないでしょうか。
もちろん、挫折を経験した人が必ず強くなるとは限りません。
傷ついたまま、長い時間を過ごすこともあるでしょう。
それでも、努力してきた時間そのものには意味があると、私は信じたいのです。
勝負に負けても、人生では勝っているかもしれない
駅伝には、必ず順位がつきます。
優勝するチームもあれば、悔しい結果に終わるチームもあります。
けれど、その順位だけで、選手たちの人生の価値が決まるわけではありません。
勝負に勝った経験が、その後の自信になることもあるでしょう。
一方で、負けた経験が、誰かの痛みを理解するきっかけになることもあるかもしれません。
思うような結果が出なかったからこそ、見つかる道もあると思います。
人生は、一度の勝負で終わるものではありません。
今日の勝者が、明日も勝者とは限らない。
今日の敗者が、明日も敗者とは限らない。
だから私は、こう思うのです。
勝負に負けたとしても、人生では勝っているかもしれない。
それは、負けを美化したいからではありません。
結果だけでは測れないものが、人の人生にはたくさんあると思うからです。
駅伝を見ていると、そのことを改めて感じます。
マラソンを走る人たちは、何を考えているのだろう
駅伝と同じくらい、私が興味を持っているのがマラソンです。
42.195km。
私は走るのが苦手なので、あの距離を走ろうと思うこと自体が不思議でなりません笑
しかも、テレビに映るトップ選手だけではありません。
市民マラソンには、自分の目標に向かって走る多くの人たちがいます。
自己ベストを目指す人。
初めての完走を目指す人。
走ることそのものを楽しむ人。
参加する理由も、目標も、それぞれ違うのでしょう。
長い距離を走る間、何を考えているのだろう。
次の給水所のこと?
ゴールしたあとのこと?
それとも、何も考えず、ただ走ることに集中しているのでしょうか。
きっと、答えは一人ひとり違うのだと思います。
私は長距離を走るのが苦手なので、その感覚をすべて理解することはできません。
でも、だからこそ興味があります。
人はなぜ、自分から苦しいことに挑戦するのだろう。
その先にある達成感なのか。
自分の限界を知りたいのか。
あるいは、走ること自体が好きなのか。
いつか、マラソンを走る人にじっくり聞いてみたいものです。
もちろん、私は聞く専門ですけれどね笑
おわりに|一本の襷が教えてくれること
駅伝を見るたびに、私はさまざまな感情を抱きます。
競り合う選手に興奮し、必死に追いかける姿に声援を送り、襷がつながらない場面では涙する。
特定の大学を応援しているわけではありません。
ただ、目の前の勝負に全力を尽くす選手たちを応援したいのです。
私は、努力を人に見せるのが得意ではありません。
できれば、何でもない顔をしていたい。
けれど、誰かが必死に頑張っている姿を見ると、どうしようもなく心が動きます。
きっと、人が本気で何かに向き合う姿には、言葉では説明しきれない力があるのでしょう。
勝つことは素晴らしい。
でも、勝つことだけがすべてではない。
襷をつないだ選手にも、つなげなかった選手にも、それぞれの人生が続いていきます。
そして、あの日の努力や悔しさが、いつか別の場所で、その人を支える力になるかもしれません。
勝負に負けても、人生に負けたわけではない。
そんなことを思いながら、私はこれからも駅伝を見続けるのでしょう。
テレビの前で、
「頑張れー!」
「食らいつけー!」
と、相変わらず忙しく応援しながら…笑
有村真理愛