私は、お家が大好きだ。
予定のない休日なら、ずっと家にいたっていい。
家事をして、犬たちと遊んで、
たくさん撫でて、イチャイチャして。
お腹が空いたらご飯を食べて、
お腹いっぱいになったら、またのんびりする。
こうして書いてみると、本当に何でもない一日。
でも私にとっては、
こういう日がとても幸せなのだ。
「休日なのに、どこにも行かなかった」ではなくて、
「今日は一日、家にいられた」
そう思う。
昔は、家が好きじゃなかった。
今ではすっかりお家大好き人間だけれど、昔からそうだったわけではない。
以前の私にとって、家はあまり居心地のいい場所ではなかった。
家なのに、心からくつろげない。
そんな時期があった。
それが離婚をして、子どもたちと犬たちとの暮らしになってから、少しずつ変わっていった。
いつの間にか私は、家が大好きになっていた。
外から帰ってきて、
「ああ、家に帰ってきた」
と思える。
安心して力を抜ける場所になった。
暮らしている場所は同じように「家」と呼ぶけれど、ただ住んでいる場所と、帰りたいと思える場所は、少し違うのかもしれない。
大好きになったのに、家にいられなかった。
ところが、せっかく家が大好きになった頃の私は、仕事を掛け持ちしていて、ほとんど家にいられなかった。
朝から仕事をして、また別の仕事へ行って。
家に帰る頃には一日が終わっていて、家ですることといえば、眠ることくらい。
丸一日休めるのは、1か月に一日ほどだった。
だから、その一日は私にとって特別だった。
どこかへ出かけたいわけでもない。
何か特別な予定を入れたいわけでもない。
ただ、大好きな家にいたかった。

犬たちと過ごす、何でもない時間
家にいる日は、犬たちとたくさん遊ぶ。
撫でたり、話しかけたり、くっついたり。
まあ、要するにイチャイチャしている笑

こんな顔をして、そばでくつろいでいる姿を見ているだけでも幸せになる。
家事だってする。
洗濯したり、片づけたり、
ご飯を作ったり。
決して華やかな休日ではない。
だけど、そういう普通のことをしながら、大好きな存在がすぐそばにいる。
私は、そんな時間が好きなんだと思う。
お腹いっぱい食べられることも、幸せ…
そして、もうひとつ。
私にとって幸せなのは、
お腹いっぱいご飯を食べられること。
高級なものじゃなくてもいい。
食べたいものを食べて、
「ああ、お腹いっぱい」
と思える。
それだけで幸せだな、と思う。
以前は、幸せってもっと特別なものだと思っていた気がする。
何かを手に入れたり、
どこか素敵な場所へ行ったり、特別な出来事があったり。
もちろん、そんな日も好き。
旅行も好きだし、出かけることも好き。
でも、いろいろなことを経験してきた今は、
何でもない一日を幸せだと思えることも、ひとつの幸せなのだと思う。
私の「光る日常」
帰りたいと思える家がある。
大切な存在がそばにいる。
今日もご飯をお腹いっぱい食べられる。
そして一日の終わりに、
「今日も幸せだったな」
と思える。
特別なことは、何もない。
けれど今の私にとっては、
そんな一日こそ、とても贅沢な一日だ。
人生の幸せって、案外こういうところにあるのかもしれない。
今日も私は、大好きな家で過ごしている。
それが、嬉しい。
私の「光る日常」は、
きっとこんな何でもない一日の中にもある。