20代の頃、私にとって「色気」は、とてもわかりやすいものでした。
胸元を少し開けてみたり、短いスカートを履いてみたり。
あの頃の私は、
「色っぽい」と「エロい」を、ほとんど同じ意味で考えていたのだと思います。
見た目でつくるもの。
誰かに見てもらうもの。
それが、私の思う色気でした。
でも、歳を重ねて、少しずつ変わりました。
今、私が色気を感じるのは、もっと静かなところです。
心に余裕があること。
急がず、ゆっくりと話すこと。
何かを手に取るときの指先や、
ふとしたときの仕草。
慌ただしく動くのではなく、
ほんの少し丁寧に動くこと。
若い頃の私は、色気を「足そう」としていたのかもしれません。
服を選んで、肌を見せて、メイクをして…
でも今は、
色気は足すものではなく、その人の中から自然に滲み出るものなのかもしれないと思っています。
経験だったり、余裕だったり。
自分のことを少しずつ知っていくことで生まれる、静かな自信だったり。
そういう目には見えないものが、
声や目線、手元や仕草に現れる。
ただ、昔も今も変わらないものが、ひとつだけあります。
香り。
香りだけは、昔も今も、私にとって色気のひとつです。
そして最近、思うことがあります。
20代には、20代にしかない色気がある。
30代には30代の。
40代には40代の。
50代にも、60代にも。
そしてきっと70代には、
20代の人がどれだけ背伸びをしても纏えない色気がある。
もちろん、その逆も同じです。
70代になって、20代の瑞々しさを取り戻そうとしなくてもいい。
20代の人が、大人の落ち着きを無理に纏わなくてもいい。
その年齢だからこそ出せるものがある。
そう考えると、
歳を重ねることは、魅力をひとつずつ失っていくことではないのかもしれません。
若さと引き換えにしか、手に入らないものもある。
たくさん笑ったこと。
傷ついたこと。
誰かを愛したこと。
失敗したこと。
それでもまた立ち上がったこと。
そんな時間が少しずつその人の中に積み重なって、
いつか、その人にしかない色気になっていく。
だったら私は、若い頃の自分に戻ろうとするよりも、今の私にしかない色気を楽しみたい。
そして、いつか70代になった私が、
今の私にはまだ出せない色気を纏っていたら素敵だと思う。
20代には、20代の。
50代には、50代の。
70代には、70代の。
その時、その時にしか纏えない色気がある。
その時の自分にしかない色気を楽しみながら、歳を重ねていきたい。