久しぶりにバレエを観に行きました。

演目は「白鳥の湖」。

幕が上がり、オーケストラの音が流れた瞬間から、私はすっかり夢中になっていました。

私は3歳から中学生までバレエを習い、高校ではダンス部に入り、大人になってからも趣味でバレエを続けていました。

だからでしょうか。

バレエを観ていると、どうしても細かいところまで目がいってしまいます。

足先。
指先。
肩の位置。
回転したときの身体の軸。
腕を動かす角度。
ジャンプの高さ。
着地。

そして、表情。

プリマドンナは、やはり美しかった。
技術力だけではありません。
身体のライン、手足の長さ、表現力、笑顔、オーラ。

そして、癖のない踊り。

すべてが重なって、広い舞台の上にたった一人で立っていても、自然と目を奪われる。
「ああ、やっぱりこの人が主役なのね」
そう思わせる力がありました。

しかし私は、プリマドンナを見るのと同じくらい、群舞を見るのが好きです。
特にバレエは、人が増えれば増えるほど難しくなります。

腕の高さ。
手の向き。
顔の角度。
腰を落とす高さ。
身体を傾ける角度。
動き出すタイミング。
動かす速度。
ジャンプ。

背が高くても、低くても関係ありません。

客席から見たときに、全員が同じ角度、同じ高さ、同じ速度で動いているように見せなければならない。
一人ひとりが上手に踊るだけでは、美しい群舞にはならないのです。
私は子どもの頃から、ほんの少しの角度や高さまで何度も直されました。

先生がほかの人を見ている間にも、鏡の前で教えてもらったことを繰り返す。
身体が覚えるまで、何度も。
人と同じだけ練習していたのでは足りない。
教えてもらえる時間には限りがあるから、あとは自分で自分を見て、身体に叩き込んでいく。
成長するにつれて、身体の管理も必要になりました。
そうやって積み重ねたものが、舞台の上で初めて「美しさ」になる。
今日、改めてそのことを思い出しました。

今回の舞台で、とても印象に残った場面があります。

プリマドンナがつま先立ちで片脚に立ち、もう片方の脚をゆっくりと上げていく場面。

その姿勢を、かなり長い時間保っていました。
相手役と触れているのは、手のひらだけ。
客席から見れば、とても優雅な場面です。
二人とも笑顔で、何事もないように踊っている。
でも私は見てしまいました。
プリマドンナの腕が、ほんの少し震えているのを。

「そうだよね、この姿勢はキツいよ」
そう思いました。
それでも、辛そうな顔は見せない。
バレエでは、舞台の上で苦しさを見せません。
それができるからプロフェッショナル。

ジャンプの着地だけではなく、歩くときも、走るときも、できるだけ足音を立てずに動く。
息が上がっても、それを感じさせない。
身体がきつくても、美しい姿勢を崩さない。
そして、笑顔で踊る。
観客に見えているのは「美しさ」。

けれど、その美しさの奥には、途方もない練習があります。

そして今回、私が特に心を奪われたのが、物語の終盤でした。
静かになった舞台に、白い霧が流れてくる。
その霧の中から、細い腕がいくつも現れました。

ダンサーたちはしゃがみ、客席に背中を向けていました。
見えるのは、背中と腕。
何列にも並び、奥から手前に向かって高さまで美しく変えながら、たくさんの腕が同じ速度でゆっくりと動いていく。

顔は見えない。

大きなジャンプもない。
華やかな回転もない。

それなのに、

白鳥でした。

そこにいるのは人間のはずなのに、霧の中で動く細い腕が、本当に白鳥の群れのように見えたのです。
一人ひとりが目立つのではなく、全員が揃うことで、一つの美しさになる。
私は、こういう瞬間が大好きです。

一人で舞台を支配するプリマドンナの美しさ。
何人ものダンサーが、自分の動きを揃えてつくる群舞の美しさ。

そして、その群舞の中にプリマドンナが入ったとき。

周りにいる人たちも、みんな上手なのです。
それでも、
「やっぱり主役は、あなたなのね」
と思わせる。
それが、私にとっての「魅せる」ということなのかもしれません。

思えば私は、バレエからたくさんのことを教わりました。

美しく立つこと。
指先まで意識すること。
人に見られていない時間に練習すること。
自分の身体を自分で見ること。
そして、舞台で輝くためには、その前にたくさんの積み重ねが必要だということ。

ピアノも同じでした。

練習した時間が多いほど、それは自分の自信になり、発表会の舞台で自分を支えてくれました。

美しさも、自信も、舞台の上で突然生まれるものではないのだと思います。

誰にも見られていないところで積み重ねたものが、いつか表に現れる。

今でも私は、家の中を歩くとき、無意識につま先から足をつくことがあります。

足音を立てないように。

もう舞台の上ではないのに。

子どもの頃、何度も何度も身体に覚えさせたことは、大人になった今でも残っているようです。

久しぶりにバレエを観て、改めて思いました。

私はきっと、バレエから「美しく魅せる」ということを教わったのだと。

輝きは、表で突然生まれるものではない。

見えないところで繰り返したこと。
誰にも気づかれなかった努力。
うまくいかなかった時間。
それでも続けた日々。

そういう「奥」で、少しずつつくられていく。

だから私はこれからも、表に見える美しさだけではなく、その奥にあるものを大切にしたいと思います。

美しく、生きる。

そのための小さな積み重ねを、今日もまた。